JRが国鉄だった頃、特急型で使用されていた車両が普通列車用に格下げされたことはたまに見かけられた。

その才たる例として、元々世界初の寝台特急電車であった581、583系が普通車に格下げされ九州では715系、東北で719系、最後まで生き残った西日本では419系、いずれも元中間車の先頭車改造車は見た目からして「食パン」と呼ばれていた。

一方、九州では普通車であるキハ47が「はやとの風」や「指宿のたまて箱」という名の特急列車に昇格されている。

写真の両列車はいずれもキハ47ではあるが、手前は普通列車、奥は特急「はやとの風」になる。

また、列車と同様なことが路線でも見られる。

というのは、肥薩線(写真は大隅横川駅にて)はかつての鹿児島本線であり、吉都線はかつての日豊本線であったそうだ。(今の鹿児島本線や日豊本線とはルートが異なる。)

その名残か、隼人〜(肥薩線)〜吉松〜(吉都線)〜都城の区間には古い駅舎(いずれも登録有形文化財になっている)が残っている。

まずは肥薩線、嘉例川駅から。ある時から全国的にも有名になった。

駅長さんはにゃん太郎だったかな。

ここから霧島方面に2駅ほど登ると、大隅横川駅。

戦争の傷跡(機銃掃射の跡がホームの柱に残っています)が生々しいけど、飾り付けが素晴らしい。

両駅とも開業以来変わっていないので、築115年はゆうに超えている。

そして、吉都線えびの駅も1912年開業の古い駅舎である。

あるのは知っていたけど、今回初めて訪れてみた。

駅舎内もなかなか渋い。

今はローカル線中心の沿線となってしまっているけど、かつては特急や急行など優等列車も走っていたらしい。

栄枯盛衰を感じながら、今もこの世に残っているのは貴重だなと思う。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。