8月9日は長崎に原爆が投下された日です。

初夏、久しぶりに長崎を訪れたのだけど、

2014年8月9日現在、平和な時間の終焉を迎えようとしている感がする。

世界を見てると憎しみがあらたな憎しみを生み出しているのだと思う。

悪い物を退治する発想がはばかっているけれど、

善悪について今一度考えていきたい。

A Gut Feeling 5th edition

あけましておめでとうございます。

2014年としては早くも1ヶ月すぎてゆきましたが、旧暦(中華圏)では1月31日をもって春節ということなるので、この記事を書いている2月2日現在ではまだまだ新しい年を迎えたばかりのはず。

かつて私が福岡に住んでいた頃は必ずといっていいほど長崎まで足を運んでランタンフェステバル(春節祭)を見に行っていた記憶がある。
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写真は、昔の記憶から引っ張り出してきましたものです。

余談というわけではないけど、長崎を訪れた時は、中華街とはやや離れているのだが、浦上地区にも行くことにしていた。
というのは、今は亡き私の父方の祖父が浦上地区で原爆に遭っており、時代は変わりゆくも爆心地に行ってみたいという心情が働いていた。
祖父は(足の裏の負傷と心臓病を患いながらも)生きて鹿児島まで戻ってきた。
ただ、言葉にできない惨状であったであろう、祖父に一度も原爆について聞くことはできなかった。
あるいは敢えて避けたのかもしれない。心の傷を穿り返したくないから。
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年明け早々重い話になってしまったが、世の中の流れは危ないけれど多くの命を落とすようなことはしてはならんと思う。

さて、話はがらっと変わりますが、
ここ数年、西暦でいう年末から年明けにかけて体調を崩したり、いろんな物事が全然運ばなっかたりする。
西暦でいう新年を迎えても、なんとか形だけは正月らしいことをしているけど、気持ち的には沈んだまま年を越してしまう。
精神的に物事の運びが落ち着くのは旧正月を過ぎてからのような気がしてならない。
表面的には旧正月。。。あ、そうなんだ。。
なんて済ましているけど、中身(魂)としてはやっと年を越すことができたなって実感しているのであろう。

ひょっとして、アジア人というか東洋人が本来持っていた感覚なのかもしれない。
同じ人間同士、これ以上憎しみあうことはやめにしましょう。

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