ここでは当初の計画段階ではまったく無かったものである。松山を予定より早く出たのと高松までの復路は特急を使ったので昼過ぎから夕方にかけてちょっと時間が空きそうになったのだ。

「小豆島なら行けそうだな。」

そう思い僕は高松へ戻った。

旅をしていた当時なんか松山から宇和島や高知の方に南下するという頭は無かったからなあ。今改めて計画するとしたら松山からさらに予讃線を西に乗り継いで予土線を使うという手もあるかな。第5章で触れた駅(愛媛県の下灘駅だそうです)は松山よりも西の方にあるみたいだし、高知の桂浜にある坂本竜馬像も生で見てみたいから。さらに、時期によっては高知から徳島に回るのもよし。お盆期間中には阿波踊りが開催される。それとも、高知から土讃線の各駅に乗るのも良いと思う。聞いた話によると琴平より南の方は四国山地を縦断する山岳路線になるらしい。そのためこの区間には秘境駅(たしか坪尻駅のはず)も存在するらしい。とはいえ、想像するにトイレの無い車両で長時間乗りっぱなしだから相当覚悟いりそうだ。

高松に着いた僕は小豆島行きのフェリー乗り場に直行した。周りの地域と橋やトンネルで結ばれているわけではないので離島だと思っていたのだが、どうやら(離島振興法でいう)離島ではないらしい。切符(現在は\670だそうです)を買ってフェリーに乗船した。離島や長距離航路のように乗船時にわざわざ乗船名簿に自分の名前を書く必要はなさそうだ。(乗り方は鹿児島湾の湾内航路に少し似ているかも)

航海中、瀬戸内の島々を目にした。はじめて瀬戸内航路の船に乗ったのだが、内海だけあってそんなに揺れることも無く1時間もすると小豆島・土庄港に入港した。

                瀬戸内海に浮かぶ島々。島の名前は。。。
途中、小豆島→高松行きフェリーとすれ違う。ファンネルに羽が。珍しい。

上の写真のように本航路のフェリーの造りには珍しさを感じた。というのは普通の船なら煙突に船会社のシンボルマーク(いわゆるファンネルマーク)が載せられているのだが、小豆島航路のフェリーの場合ファンネルマークの載っている部分(船のやや後ろ寄り)と実際に煙が出る部分(船尾近く)が異なるのである。おまけにファンネルマークに左右円形の羽がついているのだ。

『参考』四国フェリー社歌

ちょっと話が横道に逸れたので、話を元に戻します。土庄港に近づくとなんとゴマ油の香りが漂ってきたのだ。港の方を見てみるとそこには見慣れた形のものがあった。“かどや”のゴマ油の瓶だ。そう、土庄地区にはゴマ油日本シェアNo.1であるかどやの工場があるのだ。小豆島が発祥の地だそうです。もっぱら小豆島はオリーブやレモンなど地中海で生産している作物しか栽培していないのかというイメージがあったので、着いたとたん意外なものを発見できびっくりした。船上から工場を撮ってみようとしたのだがぶれてしまってものにならなかった。

土庄港到着後、とりあえず僕は地元の路線バスに乗ってみた。寄り道気分で上陸したので島での滞在時間は約3時間しかないのだが、どこか観光地でも見つけられれば幸いだと思った。“二十四の瞳”または“オリーブ”関係の施設があればなあ。2、30分くらいだったかな。バスに揺られたところで下車した。(島だからかなあ、バスの運賃が高いような気がした。このまま乗っていると運賃が\1000以上架かりそうになったのもあり、オリーブ畑が見えてきたので降りることにした。)

海沿いを行ったことから島からしばらく瀬戸内の海を眺めていた。ここ最近まで荒れた日本海を目にすることが多かったので、久々に穏やかな海を見た気がした。これまでの疲れもあったせいかしばらくはこの場でぼけっとしていた。とはいってもあまり時間もないことだし、歩いてオリーブの木がたくさんあるところへ向かった。

しばし瀬戸内海を眺めていた。奥に見える陸地が二十四の瞳の舞台。

                 小豆島名物であるオリーブの木

 バスを降りた当初はなかなかオリーブの木を見つけ出すことができなかったのだが、海岸線沿いの道路をしばらく歩いていくと住宅地の中にちらほらオリーブの実がなっている木を見かけてしまう。さすが小豆島だなと思った。もうしばらく歩くと先ほどバスの車内から目撃したオリーブ畑みたいなところに出てきたのだ。僕が見かけた畑とは“道の駅小豆島オリーブ公園“という公園だそうだ。当公園ではさまざまな品種が植えられていた。

なお、当公園内には温泉施設も備えられています。朝、道後温泉に入ったばかりなのに、

「時間に余裕があれば温泉に入っておけばよかった。」

とつい思ってしまった。夏場はすぐ汗をかくから水、いやっ、ひとっ風呂浴びたくなるものである。例のごとく時間の都合により入らなかったのだが・・・。

               ここが日本におけるオリーブ発祥の地。

僕が訪れた2008年、ここ小豆島にて“日本でオリーブの栽培が始まってちょうど100周年を迎える”という記念すべき年であった。オリーブ100年祭なるお祭りが行われているようだった。(いっぱいのぼりが建っていたのだが具体的にどういうイベントが行われているのかわからなかったのだが)この公園がある小高い丘の中腹には”オリーブ発祥の地“の石碑が建っていた。

                    オリーブと瀬戸内海。

時間が過ぎるのは早いもので、だいぶ日も暮れてきた。20時発の高松行き最終フェリーに間に合わせるため土庄港行きのバスに乗り込んだ。港には19時半過ぎに着いた。

土庄港の近くには小豆島を舞台とした小説、

『二十四の瞳』

をモデルとした彫刻(正確には群像である)

『平和の群像』

がある。作、矢野秀徳。題字は鳩山一郎。夜間に撮ったのでイマイチ写りがよくないのが残念。

                      平和の群像

 土庄港出港の前に改めて小豆島について概要を。小豆島は瀬戸内海に浮かぶ島で淡路島に次いで面積が広いのだ。高い山があり瀬戸大橋や明石海峡大橋が見えるほか、それに伴い寒霞渓や銚子渓などの渓谷もある。また、土庄町には世界一狭い海峡である土渕海峡(幅9.93m)があり、ギネスブックに認定されている。自分は気づかなかったけど土庄港に戻るバスに乗った際この海峡を渡ったのかもしれない。橋を渡るだけだからホント川と区別がつかないだろうと思う。

特産品としてオリーブは先ほども触れたように超有名である。それに醤油(マルキン醤油)とそうめん、ゴマ油(かどや製油)、佃煮の生産が盛んだ。何だか油に関係するものが多いな。日本人にとって大事なものを生産している島なのだなとつくづく思った。

地理的、歴史的な要因として四国(讃岐)と京都(京)の中間にあることから空海が小豆島で修行を行ったともいわれている。そのため、“小豆島八十八箇所”と呼ばれる霊場がある。(福岡県の篠栗町にも同じような霊場があります)巡礼の場でもあるのだ。他にも大勢の人が修行したのであろう。

あと観光地としてはさっき述べた通り壺井栄作の小説『二十四の瞳』が映画化された際のロケ地として使われた関係で映画村や昔の小学校の校舎が残っているそうだ。小説または映画見なきゃならんなあ。

ということで、小豆島は見どころがたくさんありたった3時間ぐらいでは到底見つくすことはできないのだ。またいつか時間をかけて行ってみたいところである。

20時になり、高松行きフェリーは土庄港を出港した。土庄港からは高松の他、岡山、宇野行きが、福田港からは姫路行きフェリーが出ているそうです。港から出てしばらくの間はゴマ油の香りがしていたのだが、だんだん離れていくにつれて潮の香りがしてきたのであった。

 小豆島発高松行きの船内から。
暗闇の中から浮かび上がる光は“かどや製油”の工場だ。来島時にも撮っておけばよかった。
高松市のシンボル。サンポートのシンボルタワー。
列車名にもなっている。

 21時過ぎ。高松に戻った僕はとりあえず晩ご飯を食べることにした。うどん屋を見つけようとしたのだがなかなか見つからなかった。頼みの連絡船うどんも閉店していたみたいだった。港の近くにあるとある食堂で(たしか中華料理だったかな)定食を食べた。おいしくいただいた。 

ご飯を食べてから翌朝までが長かった。というか非常に無駄なことをしてしまっている。予定では四国を離れ再び岡山方面に向かうつもりだ。本来ならば小豆島から直接宇野あるいは岡山新港行きのフェリーに乗ればいいのだが、行きは瀬戸大橋を渡ったから帰りは瀬戸内海縦断ということで高松から宇野行きのフェリーに乗ってみたかったのだ。

「海上から空を見上げれば瀬戸大橋が眺められるはず。」

かつては国鉄(JR後もしばらく)の宇高連絡船も就航していた。後に瀬戸大橋が造られることと関係するのだが宇高連絡船では海難事故が多発していた。最も悲惨だったのは昭和30年に起きた紫雲丸事故で、濃い霧の中二隻の連絡船が衝突し多くの修学旅行生が犠牲になってしまった。この事故がきっかけで瀬戸大橋を建造する計画が立ち上がったのだ。

それから33年後。昭和63年。幾多の難工事(着工から約9年半)の後ようやく開通したのだ。それと同時に宇高連絡船の歴史は幕を閉じた。(たしかこの年には青函トンネルも開通し、青函連絡船も廃止になったはず。ここの航路でも洞爺丸事故で船が沈んだことなどをきっかけにトンネルの計画がもちあがった。)連絡船の名残として宇野港に桟橋の跡があるらしい。それと先ほど触れた連絡船うどんもそうだ。

鉄道連絡船はなくなったものの現在でも宇高間には宇高国道フェリーと四国フェリーの2社によってカーフェリーが就航されている。強風により瀬戸大橋が使用できないときは代替輸送として活躍するのだ。こことところの高速道路の料金無料化(実験)などの影響により本航路自体廃止される可能性も出てきているのがちょっと心配だが。

(2019年現在、宇高航路は四国フェリーの1日5往復のみに減便された。)

瀬戸大橋や宇高航路について述べたが、四国を出る前に最後に高松市の見所についてもうちょっと補足を。最近知ったのだが、高松市にも水族館があるのだ。しかも山の上。その名は新屋島水族館。アザラシかオットセイだと思うが円形の水槽を潜り抜ける珍しい水槽もあるそうだ。一回閉園したものの現在は地元の水槽のアクリル板を作っている会社が管理しているそうで賑わっているそうです。たしか屋島は源平合戦の舞台だったはず。

それと、ミシュランで紹介されているスポットをひとつ。栗林公園。“りつりんこうえん”と呼ぶそうです。四国有数の日本庭園だそうでミシュランのせいか最近は多くの外国人も来園しているそうだ。

ついでに、高松市から近いところにある県庁所在地である、徳島市の名物といえば阿波踊り。毎年8月12~15日まで計4日間行われるそうだ。お盆の時期になるのだがこの期間は全国各地から多くの観光客がやってくるのだ。僕も開催期間は知っていたので徳島にも寄ろうかなと思ったのだがコースを設定することができなかったので、高知とともにいつか行けたらいいなと思うところであります。

話をもとに戻します。夜ご飯を食べた後、僕は2時間ほど高松港や高松駅の辺りにいた。サンポートのシンボルタワーでも昇れば良かったのかもしれないが(意外なことに高松市は高層ビルが四国一多くあるのだ。リトル東京ともいわれるそうだ。)夜景よりも昼間行ったほうがよさそうな気がした。いつしか岡山行きの終電も終わり人気もなくなってきた。今日はもともとどこに泊まるのか考えていなかったので最初から宿の予約はしていないのだ。何もすることがなかったので僕はしばらく夜中の瀬戸内の海を行き交う船を見続けていた。できたらケータイに充電をしたいところだけど・・・やり方がわからない。

「明日からはなるべく写真撮るのを我慢しなきゃなあ。」

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